「島耕作」シリーズ「人間交差点」「黄昏流星群」作者の弘兼憲史先生インタビュー
2019年7月23日、「島耕作」シリーズ「人間交差点」「黄昏流星群」などの多くのヒット作品を世に出し漫画家としての活動以外も積極的に行われている弘兼憲史先生にご来社いただき作品についてや企業がマーケティングや広告にマンガを活用している点について代表の谷口がお聞きしました。
谷口
弘兼先生、本日はお忙しい中、お越し頂きありがとうございます!
早速ですが、まず先生のマンガについてお尋ねしたいと思います。
弘兼先生のマンガについて
谷口
作品のための取材をかなりされているという記事を拝見させていただきましたが、
取材していて一番面白かった経験を教えてください。
弘兼先生
『加治隆介の議(1992-1998)』という政治漫画で、ニューヨーク国連本部の取材へいきました。
日本人の職員が対応してくださいましたが、その職員さんが、たまたま僕の漫画を読んでいて、
ファンですと言ってくださったので、快く取材に応じてくださいました。
安全保障理事会の本会議ですが、作業部会は写真撮影厳禁の場所です。
最初は絶対に写せないと聞いていましたが、その時は本当に運がよくて、特別に撮らせていただきました。
すごく貴重な機会でしたね。マンガ家をやっていてよかったと思いました。
また前総理時の安倍総理と首相官邸で食事をさせていただきました。
その食事の後、安倍さんから「いいものを見せます」とご案内していただきました。
公邸玄関の絨毯をめくると、下に焦げた跡が沢山ありました。これは焚き火の跡だと。
昔、二・二六事件のときに、寒くて焚き火をして籠城したときの跡を残しているということでした。
上部にあるガラスの扉に銃弾の跡もそのまま残っていて、大変貴重な体験でしたね。
こういう立場ですので、一般の方が出入りできない場所へ取材できるのはとても嬉しいことです。
谷口
確かに、普通の仕事だったら絶対できない貴重な経験ですね!
以前インタビュー記事にストーリーを作る上で、キャラが勝手に動くと書かれていましたが、
これについて詳しくお聞かせいただけますか?
弘兼先生
島耕作のような長期連載のときは、キャラクターが自我を持って勝手に動き出します。
読み切りのときはそんなことはなくて、絵コンテで動かしています。
ですから、長期連載のときは設定の齟齬に気をつけなければいけませんね。
『加治隆介の議』という政界マンガのとき、
昔描いた設定を時間が経って忘れてしまって、読者に指摘されたことがあります。
加治さんの秘書に田丸(たまる)さんという名前を付けましたが、
時間が経ってから西(にし)さんと新たにつけてしまい、
「先生このキャラクターは田丸さんという名前じゃなかったですか?」と指摘がきて、
慌てて『にし でんまる』という名前にしたのです。
谷口
長期連載だとそういうこともあるのですね。
それは編集さんも気づけなかったのですか?
弘兼先生
デビューの頃から編集さんとの打ち合わせはほとんどしませんでした。
打ち合わせしている時間より絵を描く時間に充てたいのです。
編集さんは基本的に完成原稿やネームを取りにくるだけです。
僕たちベテランからすると編集さんは子供みたいなもので、
今はどちらかというと、編集さんに編集を教える立場になっています。
谷口
なるほど。弘兼先生のような素晴らしい活躍をされている立場でしたらそのようになるのですね。
ここからは弊社が行っている事業についてお聞きしたいと思います。
広告マンガについて
谷口
私達は、マンガを広告クリエイティブとして活用した場合の時間帯効果や有効性を踏まえ
マンガマーケティングというサービスを行っています。
サービスを展開していくにあたってはマンガ家さんのご協力なくしては実現できないため
私たちはパートナーとして考えています。
そんなマンガ家さんにマーケティングや広告として制作するマンガのお仕事を提供し
生活を支援できればと考えていますがその点についてどのようにお考えでしょうか?
弘兼先生
今は雑誌そのもの減っていて、マンガの連載枠は椅子取りゲームになっています。
そうすると技術があっても描く場所がないマンガ家が増えます。
だから広告マンガというジャンルは必要だと思いますね。
僕も昔、『知識ゼロからのワイン入門(幻冬舎)』という本を、
島耕作のコマを使って出していただきました。
僕が小学校の頃に勉強マンガというものがありました。
その頃は、「マンガばっかり読んでないで勉強しなさい!」と、
叱られたものですから、マンガを読むこと自体に罪悪感がありました。
しかし勉強マンガは、例えば上昇気流はこうやって起きる、
といった図がマンガで描いてあって、本当にわかりやすくて勉強になったのです。
「これならいいでしょ!」と、親から許しを得て勉強マンガを読んでいました。
マンガから知識を得られるというのは、決して間違いではないと感じます。
僕らの時代は、まだテレビもなくて、読むものが少なかったし、
マンガもそんなになくて当たり前ではなかったです。
手塚先生の鉄腕アトムやメトロポリスは、
よく未来都市や科学技術のことを描いていて、世界が広がるきっかけになりました。
藤子先生のドラえもんだって、マンガだけどもう未来の話ではないと感じます。
ドローンはタケコプター、インターネットはどこでもドアに近いですよね。
弘兼先生
これはかなり大人になって読んだものですが、
学習マンガでみなもと太郎さんが描いた『風雲児たち』という歴史漫画があります。
僕たちが中高生のときも、歴史の授業はただ暗記するだけでした。
「なぜその事件が起きたのか」を説明してくれている教科書がなくて、
どうにも興味を持てなかったのですよ。
でも、この『風雲児たち』は歴史人物がどんな人だったかを、
マンガですごくわかりやすく説明していたのです。
あれは子供から大人まで楽しめますよ、感動しました。
谷口
確かにわかりにくいものをわかりやすくするのがマンガのいいところですね。
弘兼先生
ただ、マンガで説明するにも、方法を誤ってはいけないと感じますね。
先日、銀行のパンフレットに載っているマンガを見ましたが、
吹き出しの文字が多すぎて、かえって読みづらく感じました。
難しい分野なので、言いたいことが多すぎるのだろうと思います。
広告なら、マンガ以外に説明のページを設けて、
マンガ自体には情報を入れすぎないほうが、読者の興味を引きやすいと感じます。
見るほうの読む気をなくしてしまうより、興味付けに留めるのが
適切なマンガの使い方ではないかと思います。
谷口
おっしゃるとおりだと思います。私たちはマンガはすべてを説明するものではなく
情報のタッチポイントを作るものだと思っています。
そのためWebサイトに掲載する際や印刷物で使用する際など
状況に応じてマンガの構成や表現の仕方を変えるようにしています。
今後の企業のマンガの利用についてはどう思われますか?
弘兼先生
企業のツールとして、マンガは使ったほうがいいですよ。
団塊世代だって小さい時からマンガを読んでいます。
マンガを読むことに抵抗がない世代は70代に差し掛かっています。
広告にマンガを使うことは全然おかしなことではないと感じます。
むしろどんどん使っていくべきですね。
谷口
私もそう思います。今、世の中に様々な横文字があふれていて
わかりにくい世の中になってきているためマンガの潜在ニーズは非常に大きなものがあると思います。
その中でよく、ターゲット層の年齢が高いと
「マンガなんて読まないんじゃない?」とよく質問されます。
弘兼先生
僕は1947年生まれですが、僕の世代と同じ人に向けてマンガを描いているつもりです。
「課長 島耕作」は当時の30代に向けて、「社長 島耕作」は50代に向けて描いていました。
僕は自分の年齢と共にマンガを読む人の平均年齢を高くしていくことが使命みたいになっています。
70代を超えても読んでいけるマンガを作っていきたいです。
「島耕作」や「黄昏流星群」はまさに同世代に向けていますね。
逆に少年誌などの読者には、僕のマンガは向いてないと思います。
ターゲットの課長クラスの人たちは、僕のマンガを読んで育っていますから、
BtoBの分野なら、大企業に勤める「島耕作」はすごく親和性が高いです。
谷口
確かに「島 耕作」シリーズは企業からの引き合いも非常に多いです。
BtoB向けのサービスを展開している企業は、万人受けする画のタッチを求められることがありますので
「島 耕作」はニーズが高いと思います。
最近のマンガ家さんに思われていることはありますか?
弘兼先生
紙媒体のマンガや雑誌は、残念ながら衰退中です。
連載枠が減っていますので、それだけでご飯が食べられるマンガ家は少ないです。
技術があっても、活かす場がないマンガ家がいることは勿体ないです。
だから、その技術を使って働ける場所があるのはいいことと感じます。
雑誌連載するようなマンガ家なら「構成」ができないと厳しいですね。
マンガは「構成力」と「アイデア」が物を言います。画力より面白さなのです。
今のアマチュアマンガ家やアシスタントさんは、
マンガというよりとにかく絵が上手ですね。
きれいな絵が描ける人は、アイキャッチが得意ですから、
広告マンガでとても輝けると思います。
谷口
弊社の登録マンガ家の中には商業誌のデビューを目指して
広告マンガで生活しつつ技術を磨かれている方もいます。
インターネットやSNSの普及により
企業が有名マンガとタイアップしたプロモーションも増えていますね。
弘兼先生
そうですね。
企業と作品の展開をするマンガ家もだんだん増えてきましたが、
有名な作品ですと、出版社の権利がありますので、少し難しくなります。
ただ企業プロモーションとしてのマンガを使うのは
これからどんどん増えていくと思います。
ヒロカネプロダクションの作品の利用について
谷口
弘兼先生の作品を利用する際に、企業側に気をつけてほしいことはありますか?
弘兼先生
キャラクターのイメージを壊すような使い方はやめてほしいと思います。
島耕作はパチンコはやりませんので、そういった業界には向きません。
また、島耕作は大きな企業のプロモーションが合います。
キャラクターが本来持っている性格に合わせて、
表現の仕方や露出を考えて頂ければと思います。
谷口
キャラクターの性格と合わせるのは
作品のイメージを壊さないためにも重要だと思っていますので
弊社でクライアントに提案する際も気を付けています。
将来マンガをAIが描くといわれていますが、どうなると思いますか?
弘兼先生
世の中には色々な作品があって、それらにはパターンが存在するのは事実だと思います。
ですが、集めたデータだけで、面白いものや意外性のあるものはできるのか?と疑問に思っています。
ただある程度のものは多分できると思います。
歌謡曲のコード進行のように、テンプレートはありますが、僕たち生身の人間は、
これからもそれに負けないようにいいものを作っていかないといけないですね。
データが思いつかないような、新しい発想が必要です。
谷口
そうですね。
私も、人の心を揺さぶるマンガをAIが作るのは難しいのではないかと思っています。
例えば、郵便ポストを開けた瞬間にこれまでの想いでが走馬灯のようによみがえり
涙を流すというようなシーンを様々なアングルで描き表現するのは
人の感性が必要だと思っています。
弘兼先生
突拍子にないものはAIには作れないと思います。
黄昏流星群みたいなのは特にできないんじゃないでしょうか。
弘兼先生
先日は尿もれパッドの商品プロモーションのために10コマのマンガを描きました。
ネガティヴなイメージをもつ尿もれを明るくするためにマンガを採用したのです。
今週末からテレビで使われます。
こういった、目的や狙いを持ったマンガも人間が作っていくものではないでしょうか。
谷口
おっしゃるとおりでそういった際に私たちのノウハウが活きるとも思っています。
海外のマンガ事情について
谷口
日本でマンガ文化は根付いていますがアメリカや中国では、
まだ子供が読むもの、という認識が強くあります。
様々な国を見てこられた弘兼先生としては
世界でのマンガの広がりについてどのようにお考えですか?
弘兼先生
フランスにはバンド・デシネというジャンルがあります。
ベルギー・フランスを中心とした地域のマンガのことで、
フランス語圏ではマンガは9番目の芸術として認識されています。
ヨーロッパはもうマンガ文化に目覚めていると思います。
香港で人間交差点を出したときに、「マンガってこんなことができるんだ!」と話題になって、
100社くらいのマスコミ取材が来てびっくりしました。
当時の香港には、ジャンルとしてはカンフーマンガしかなくて、
日本よりももっと工業化したマンガの書き方をしていました。
手法としてはアニメーターに近いですね。
マンガ家はブースごとにわかれて、パーツ専門の担当者がいて、
1コマずつ組んで最後に組み合わせる工場生産みたいな書き方でした。
私達のように、全部一人でやる手法は先進的でした。
アメリカも中国も、「大人が読むマンガがある」とその魅力や力を理解してもらえれば、
マンガの可能性には気づいてもらえると思います。
最後に
谷口
最後に、広告マンガを作るマンガ家に向けて一言いただけますか?
弘兼先生
広告マンガには画力・描写力が必要です。
パンフレットやポスターは、短時間で目にするものなので仕上げの綺麗なマンガのほうが目を引きます。
自己研鑽を続けてください。
企業の指示を全部聞いてしまうと大事なことが伝わらず、
マンガとしては、あまりユーザーの心をつかめないものが出来てしまいます。
内容を省くときは、思い切って省くことも大切です。
読後感をスッキリさせるために、ラストのコマは特に大きく描写します。
見る人の気持ちを動かすマンガになると思います。
谷口
弘兼先生、本日はありがとうございました!
▲会社のロゴの前で弊社代表の谷口と写真を撮らせていただきました。